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<<   作成日時 : 2008/01/23 00:28   >>

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言うまでも無いことだが、日本は貿易により世界中から富を集めている。日本のエネルギー自給率は約20%、食料は40%程度と聞く。不足している分は輸入している。輸入するためには輸出により富を集めるしかない。日本の輸出はほとんど工業製品である。したがって、製造業は日本の生命線である。

現在の製造業を支える工業技術は、当然のことながら物理学や化学の理論に基づいて成立してる。

かつての産業革命の技術は、ニュートンのプリンキピアで集大成された古典物理学の成立の上に作り出された。言い換えれば、プリンキピアの出版が100年遅れていれば産業革命もそれだけ遅れたことになる。科学技術というのは、歴史に対してそれだけの影響力があるものである。

ところで、古典物理学の基礎となる数学については、実は鎖国日本の和算は当時の国際水準を抜いていたといわれる。当然日本からヨーロッパの学会への論文投稿はできなかったため世界公認ではないが、たとえば微積分の発見は和算の方が早かったのではないかというぐらいの凄まじさであった。

しかしながら、数学者の藤原先生の意見では、いかに和算の進歩が水準を抜いていても、日本では決してピリンキピアを著すことはできなかったということらしい。

これは何故か。。

日本には、この世界が統一した法則で動いている、という概念あるいは思想がなかったからだ、というのが藤原先生の説である。日本の和算は暦を正確に作るために発達した。その延長線上には世界全体を考える思想はない。ヨーロッパがそういった思想を持ちえたのは、キリスト教学があったからだそうで、つまりはキリスト教学の勝利だった、というのが先の藤原先生の説である。

日本にも世に存在するものにはあまねく仏が宿るとした華厳の思想があり、もし、その思想があまねく浸透し、発展していたら状況は変わっていたのかもしれない。

しかしながら、日本においては「思想は常に外からやってくる」という司馬先生の観測どおり、自ら世界の法則を打ち立てるには、日本の国土は少し狭すぎたのかもしれない。

今の科学技術は、非常に分析的に細分化された領域の集合として進みつつある。アインシュタインの大統一理論を研究している方も居られるであろうが、現場の技術や科学者はあまり全体を考えないどころか、研究も目的自体を見失ったりすることすらある。

そういったところに、サンタフェ研究所から「複雑系理論」など、新たな理論体系かと思わせるものが出てきたりすると、結構色めきたったりするが、現在のところ「複雑系理論」は大成するのは難しそうである。

いずれしても、マクロとミクロのバランスをとることが、今後の科学技術に必要な視点ではないかと思うのである。

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