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zoom RSS 頼朝と義経

<<   作成日時 : 2007/12/21 18:36   >>

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少しまとまった休暇が取れたので、南国のホテルに滞在した。
今回は、そのプールサイドで徒然なまま考えたことを書いてみたい。

歌舞伎をご覧になる方はよくご存知だろうが、

源平の戦い或いは源義経や武蔵坊弁慶を扱った演題の中で出てくる

梶原景時
という人物は徹底的に憎まれ役である。

何の演題であったか忘れてしまったが、誰かの襲名披露講演の義経を扱った演題の中で
全く関係ない場面で、この人が登場し、

「頼朝に讒言してやる。」
と駆け出すところを弁慶が投げた刀で殺されてしまうシーンが挿入されていて

「なんのことだ・・」
と歌舞伎座の座席で呆然とした記憶がある。

とにかく、歌舞伎の中では、

「源義経は善良な英雄である。」
「しかし、梶原景時の讒言により、鎌倉殿により撃ち滅ぼされた。」

という図式が確立しているようである。

しかしながら、司馬先生の書かれた
「義経」
などを見ると、その図式は一変する。

鎌倉幕府とは、ありていに言えば

関東・東海地区の開墾農民(彼らが鎌倉武士である。)の利益代表であり土地問題の訴訟機関であった。

さらに、開墾した農地の所有権を京の律令制から切り離し、自らのものとするための政府であり、中国にも朝鮮にも成立しなかったリアリズムにのっとった機関だったのである。
日本は、この鎌倉幕府の成立以降東アジアの別の国々とはまったく異なる歴史をたどり始める。

司馬先生は
「もし、鎌倉時代が無ければ日本の歴史は二流なものとなったろう。」
と言われている。

この時代の前、平安期の文化からは一般の人々の顔は全く見えない。

源氏物語
を読んでも宮廷生活のことは分かるが、地下の人々がどのようであったかは全く分からないのである。

土着の人々、一般庶民と呼んでよい人々が歴史の表舞台に登場しはじめ、ようやくその人々の顔が分かり始めるのは、鎌倉時代以降のことなのである。

因みに、その後、各国には国司のほかに地頭が置かれ、京と鎌倉の二重支配が始まり、室町の後の応仁の乱で、朝廷の力は全く無くなる。
戦国時代を事実上終わらせたのは、豊臣秀吉である。
秀吉にいたっては、土地持ちの農民ですらなく、奴をしていたような階級から関白太政大臣にまでなった。この時期の日本の階級がいかに対流がよかったかが分かる出来事である。

その後、天下を制した徳川家康は戦国大名を基に精密な封建制を確立した。

天子の権力が再興するのは、明治になってからである。

江戸時代の武士は、みな
源平藤橘
のいずれかの姓を名乗っているが、幕府を開けるのは源氏だけである。(したがって、足利氏も徳川氏も源氏姓である。)家系図は、専門家がいて創作したらしい。

日本史の支配者は、鎌倉以来源平が交代で行っていることになっており、織田信長は平氏を名乗った。
秀吉は、出身階級があまりに低かったため、名乗りそこなったらしく

豊臣
という姓を新たに(朝廷に申請して)創った。

話をもとに戻すと、

幕府
という本来は征夷大将軍の遠征時の本陣(本営)を指すものを政府機関として作り上げたのは、源頼朝であり、その理由は前述の通りである。

これを可能にしたのは、義経の軍事的才能による平家の滅亡であった。

しかしながら、軍勢は関東・東海の武士団で形成されている以上、望まれるのは彼らの利益確保であり、源氏支配による国家ではなかったのである。

頼朝は、その勢力構成をよく理解しており、腰越にて
「左右なく鎌倉に参ずべからず。」
という実筆の手紙を

結城七郎朝光
にもって行かせたのである。

彼は、頼朝の実子であった。しかも嫡子となる人であったが北条氏の子ではなかったため家臣の扱いであった。それほど北条氏を畏れていたのである。
このことをもって、義経は鎌倉勢力の本質を理解すべきであったが、その時はその郎党もふくめて知らなかったらしい。

結局、義経は後白河法皇の院宣をもって叛旗を翻したが、その後朝廷から官位剥奪、鎌倉幕府から追跡され奥州衣川で果てた。

その首が酒漬けにされて鎌倉へ運ばれたとき、頼朝は

「悪は、ほろんだ。」
と言ったそうである。

「社会にとって悪とはなんだろう。」
と当時漏れ聞いた世間の人々も京の廷臣たちも、そして後世にいたるまで、ひとびとにその課題を考えさせられ続けることとなった。

鎌倉幕府においては、頼朝の嫡流は3代しか保たなかった。
その後は北条氏の執権政治へと変わっていくのである。

頼朝と義経の関係とその間に起こったことは、日本史上において、社会の成り立ちというものを浮き彫りにしてくれる際立った出来事といえる。

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