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zoom RSS 歴史に現れる3人の人

<<   作成日時 : 2008/02/17 08:21   >>

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歴史が大きな転換期を迎えるとき
3人の人間が現れるという。

初めに現れるのが
思想家
である。
通常、その思想家はその思想ゆえに非業の死をとげる。

ついで現れるのが
戦略家
である。
これもまた、天寿を全うすることができない。


最後に現れるのが
技術者
である。
この技術とは、科学術でもよいし、法制技術或いは軍事技術であってもよい。

幕末期に、このおのおのの役割を担当したのが
吉田松陰、高杉晋作、そして村田蔵六(後の大村益次郎)である。

というのが、よく語られる司馬史観での歴史的解釈である。
言い換えれば、歴史の変革期あるは革命期には、この三段階があるといってもよい。

別な時期に当てはめて言えば
たとえば、戦国時代から日本が統一されていく過程でいうと

思想家は、織田信長
戦略家は、豊臣秀吉
そして、技術者は徳川家康
となろうか。
(戦略家は、天寿を全うできないとされるが、実際には高杉晋作の最期は病死であり、秀吉も老衰であった。但し、二人とも心を残したまま世を去ったという意味かもしれない。)

司馬先生の小説「花神」では、
幕末期の軍事技術者 
村田蔵六

が主人公である。

花神とは、中国で言う「花咲じじい」のことである。

日本の津々浦々に近代兵制を固めていった
更に言えば、日本に合理的な考え方を
「咲かせていった」
ところから、そういうタイトルになったようである。

「タクチーキ(戦術)のみを知ってストラトギー(戦略)を知らざる者は、ついに国家をあやまつ」
(カタカナは蘭語)

彼の蘭学塾 鳩居堂 での最終講義の一節である。

幕末期の段階で、すでに10年後の西南戦争を予測し、その準備を進めていた彼も天寿を全うできなかった。

明治2年9月4日京都にて狂信的な攘夷浪士に襲撃され、重傷を負う。
10月2日大阪仮病院に入院
同27日午前8時右大腿部を切断 手術は1時間
その後しばらく経過良好
しかしながら、11月4日午後4時危篤状態に入り、翌5日午後7時に死去した。

「そういうことです。」
と、蔵六が出てきて、おのれの死を冷然と見下していそうな雰囲気の死であった。

と「花神」の中で述べられている。

今が変革期であるならば、誰がどの役割を担当しているのだろうか。




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