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<<   作成日時 : 2008/02/23 07:17   >>

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時勢とは、読んで字のごとく
時の勢い

のことである。

歴史上、これが巻き起こったことは数えるほどしかないが、
起きた場合には、もはや人にとめることはできないという。

日本においては、不思議なことに大きな戦争もなしに
統一的な国家になってしまったことが2回だけある。

1回目は、飛鳥時代後半から奈良時代にかけて律令制を導入した国家ができたときである。
因みに、
律とは「刑法」のことであり、令とは「行政法」のことである。

司馬先生の表現では
「浅茅が原に小屋を建てるようにバタバタとできた。」

という成立の仕方であったという。

2回目は、明治になったからの版籍奉還に続く

廃藩置県

のときである。
このときに日本に約300あった武力勢力「藩」が事実上消滅した。

各藩主は、東京に集められ華族となった。

この2回の実例の原因は、いずれの場合も

外国からの深刻な脅威

であった。

1回目は、隣国の中国に
隋唐
といった強力な統一国家ができたためである。
特に、唐との
白村江の戦いでの敗北

が決定打となった。

2回目は、当然欧米列強による植民地支配に対する恐怖であった。

1853年に米国提督マシュー・ペリー率いる東インド艦隊が浦賀に現れたとき
日本の知識層は、
「動力で動く船が来た。」というより

「アヘン戦争が日本に来た。」
と戦慄したのである。

清国でのイギリスが行った「アヘン戦争」とその後の惨状は、すでに出島を通じて知れ渡っていたのである。

「今の幕藩体制では、日本は欧米の植民地になる。」

この意識が、一気に倒幕への時勢を巻き起こした。

しかし、倒幕戦の段階で、仮に全国の大名と上級武士に対して世論調査を行ったとしたら
薩長を除けば100パーセントまでが「倒幕は非」だったろうし、下級武士をいれても99パーセントはそうであったろう。

と言われている。

全国的には、そんな気配はなかったのである。

しかし、薩長軍三千、幕府軍3万とも言われた鳥羽伏見での戦いの開始から幕府軍は負け続け、北海道の五稜郭の戦いで戊辰戦争は終結した。

勝海舟は、
「時勢に乗ってくるときは、人物は非常に大きく見えるが、それが過ぎてしまえば以外にたいしたことはなくなってしまう。」
というようなことを言っている。

時勢をつかんだ西郷隆盛は、倒幕まで一人で日本全体を覆うような声望があったが、明治になってからの行動は、まるで別人のようである。

明治政府ができたことによって、時勢は過ぎ去っていたのである。

この「時勢」という化け物は、渦中の人間にとってその存在を認識するのは、極めて難しい。

それが、終わった後に気づくもので、渦中ではほんの一握りの人が分かるかどうかである。

1980年代に起きていたいわゆる
「バブル現象」
も一種の時勢であったと思う。

あの渦中にいて、それが一時の時の勢いであったと認識できた人は何人いただろうか。

この一事をもってしても、時勢というもののすさまじさと、それが起きていることの認識の難しさが分かるのではないかと思っている。

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