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zoom RSS 痛みを感じる政治家

<<   作成日時 : 2008/03/02 06:00   >>

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江戸時代の末期に大阪の北船場において蘭医学の適塾を興した緒方洪庵は、

「病人を見れば相手がだれであろうと、可哀想でたまらなくなる、という性分の者以外は医師になってはならない。」

と言ったことがあったという。

この適塾は、現在の大阪大学の前身ということになっている。

当時の日本においては、キリスト教の宗教思想がなかったため、医療においても

博愛
という概念がなかった。
医師は、卑賤の秀才がその境遇から脱出するための目標とされた。

「医は賤技」
といったのは、洪庵の弟子の橋本佐内である。

洪庵は、無償の親切ということで、医師の道徳性を明確にした。
橋本佐内は、啓発されることがあり、毎夜塾を抜け出ては、天満橋の橋下に群れている乞食に施療していることが、後日わかったそうである。

最近、自衛隊のイージス艦が漁船と衝突した事故に触れて
福田首相が涙ながらに国会答弁をしたことが報道された。

政治家に対しても
「苦しんでいる人を見たら、可哀想でならないという性分」
は、不可欠な資質の一つではないだろうか。

かつて、ある人から

「政治というのも生活の場である。」
と聞いたことがある。

といっても、市会議員、市長といったレベルの政治家のことを指して言った言葉で
その市とというのも、自民党一色で公共工事が盛んにされていた片田舎のことである。

しかしながら、時代は変わり、だんだんにそういった政治家は駆逐されつつあるのではないかと思うことがある。

何年か前に放送されていた米国のドラマの「ホワイト・ハウス」(日本題名)では、理想的な米国大統領とその側近達が描かれている。

その中で、大統領が、ファーストレディーとミサから上機嫌で帰ってきたときに、ホワイトハウス報道官から

「9歳の女の子が銃で撃たれて死亡した。」
との報告を受け、明るい笑顔からみるみる沈んだ表情になっていく様子を、マーティン・シーンが見事に演じている。

まるで、自分のせいで、その子が死亡したような落ち込み方であったが、国民が政治指導者に求める反応であろう。

国民や県民、市民といった人たちの
「痛み」を感じる政治家


いま、日本国の財政は壊滅的である。
野口悠紀雄氏によれば、日本の一人当たりのGDPは減り続け、1993年にOECD諸国の中で1位だった地位は2005年には14位にまで低下している。
さらに、将来は就業人口が激減する未曾有の少子高齢化が待っており、楽観的な材料はほとんど無い。

今後、何かを切り捨てていかなければ、日本は立ち行かないのは明白である。

最近、政治には全くの素人のタレントが圧倒的多数で知事に当選する。

これは、これまでの政治家や官僚上がりの人ではなく
彼らなら、これからの厳しい選択の過程で自分達の「痛み」をわかってくれるのではないか

という選挙民の期待の現われではないかと、思ったりするのである。



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