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zoom RSS 宸翰

<<   作成日時 : 2008/04/26 12:48   >>

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宸翰(しんかん)とは天皇の真筆のことをさす。

幕末の戊辰戦争において、朝敵として攻撃対象とされた会津藩の藩主松平容保公に、孝明帝より宸翰が下されていた事実が

「王城の護衛者」
の中で語られている。

当時、孝明帝が実は最大の左幕勢力だったのである。

倒幕を目指す長州が、その必死の対朝廷工作によって
偽勅
を発する中で、京都守護職であった容保公に孝明帝より

さきの勅命はうそである、朕はもっとも会津を頼りにしいる。

という趣旨の宸翰が下されたのである。
筆跡は青蓮院流のものであったという。

武家に宸翰が下された例は、南北朝時代に後醍醐天皇が新田義貞に賜うた例があるだけだという。

宸翰を受け取った家臣達は会津の黒谷本陣に駆け込むと
「下座、下座、下座」
と狂ったようにそう叫び、家老たちに平伏の礼をとらせようとした。

と司馬先生の著作の中で、その驚きを描写している。

会津藩および松平容保公のその後は悲惨であった。

将軍であった、徳川慶喜が徹底恭順によって官軍の攻撃から逃れてしまったため、その代わりの攻撃対象となった。

この宸翰は、竹筒にいれられ晩年まで容保公は肌身離さずにいたという。

先の「王城の護衛者」の最後で、この

竹筒 一個
書類 二通
は旧東京銀行の金庫にねむっている、と締めくくられている。

司馬先生が、この著作を発表することにより明治から続いた会津藩に対する「逆賊」の評価は覆った。
松平家から司馬先生へ感謝の電話があったと聞く。

この宸翰が実在するものとして、最近ではその展示会なども催されている。

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