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<<   作成日時 : 2008/06/28 08:08   >>

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(写真は、神戸須磨海岸と街並です。)

最近、多発する大型の地震のニュースを聞いていたところ
不意に

小松左京原作の小説
日本沈没
を思い出した。

この作品は、これまで公開映画としては2回製作されている。

2006年に公開されたものでは、日本列島の沈没はまぬがれるストーリーとなっており
原作とはかなり異なる。

小松左京氏の代表的な小説としては
復活の日
も挙げられると思う。

この作品も映画化されているが、盗み出された細菌兵器が世界中に広がり
南極にいた人々以外絶滅していく過程(国々の防疫システムは間に合わなかった)が描かれている。

いずれにしても、これらの映画で、描ききれてないのは
これらの小説のテーマである
本来あるべきものが失われたらどうなるか

ということのように思う。(日本映画の限界か・・)

「日本沈没」の映画版では、
その災害時の現象(地震や富士山の噴火など)が映像的に迫力があるため
スポットがあてられて作られているが、

私が、この原作から感じたのは

日本の国土を失うということは、日本人にとってどういうことなのか
ということだった。

小松左京氏は、日本という国土が崩壊しなくなっていく過程を
あたかも本当に起こるような臨場感(科学的なモデルを援用し)で描写し、その悲しみをうまく描いている。

一方、「復活の日」では
人類が死滅していくさまを描きながら、驕っている人類がいかに小さい存在であるかを描いている、
と思うのだが、どうだろうか。


ところで、「日本沈没」の原作の中で、まだその事実が社会に明かされない段階において

実は、日本の大衆が「大情勢」に対して、きわめて敏感な皮膚感覚をもっており、

「世の中」が、どこかで、
うまくいかなくなりはじめている、
のではないか。

何か、

決定的に具合が悪いこと
が起こりはじめているのではないか、という不吉な予感が

人々の心に影を落としはじめていることが、社会全般から感じられはじめた。

という描写がある。

この感覚は、なぜか現在の日本の社会にあてはまっていないだろうか。

たとえば、現在の石油価格の高騰によるあらゆる商品や電力料金の
緩慢ではあるが、着実な値上がり。

たとえば、急速な少子高齢化による介護や高齢者医療費の急速な拡大。

たとえば、正社員と非正社員の間の格差の広がり。

この中で、石油価格の高騰に関して言えば、原因は本当に投機マネーのせいだろうか。
CO2排出問題と関係して、その対応は

省エネルギー
ということで、各国の首脳が合意した、などのニュース報道がある。

しかし、金融上の問題であれば、政策によって
石油価格を下げる
という議論がでてこないのはなぜだろうか
と思ったりするのである。

石油は、化石燃料であるというのが、定説となっているが
一方で、無機成因説というのがあり、

実は、地球の内部で生成されているため無尽蔵であるという考え方もある。
(これは、周期表を発見したメンデレーフなどにより提唱されたものである。)

しかしながら、どちらにしてもファンダメンタルの部分で石油価格が高騰しているのであれば

「石油の需給バランスが崩れ始めてきているためではないか?」

と疑い始めたくなる。

日本のエネルギー自給率は、20%と言われているが、
実は、原子力エネルギーを除くとわずか

4%
しかない。

資源がない日本へ石油が来なくなった場合のシュミレーションは
堺屋太一氏の小説

「油断」
で描かれていることは有名である。

ここまで、壊滅的ではないにしても、
「世界で石油資源がなくなり始めているのかも」

という漠然とした不安は去らないのである。



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