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<<   作成日時 : 2008/08/24 08:26   >>

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(お盆休み中に滞在したホテルです。。)

北京オリンピックの開会式の華やかさに象徴されるように
最近の中国の経済発展は著しく、もはやこれまでの時代での定義は
当てはまらなくなってたようであるが、

中国の政治は、ひとびとを食わせようということが第一義になっていた。

流民が大発生するのは一つの王朝が滅びるときであった。

流民化するのは、すさまじい飢饉が起きたときである。
青いものといえば雑草しか見当たらぬという状況のなかで、
村ぐるみ流民化して他の村を襲い、襲われた方の村民も村をすてて集団で流民化し、

食をもとめて点々とする。

こうした人々は、どこそこで五千人を食わせる人がいると聞けば殺到して
その傘下に入る。

やがて、その首領も五千人の食を保証しかねると、首領を四方にさがし、
五万人の食を保証する者のもとに流民ごとなだれこみ、その傘下に入る。

ついには百万人の食を保証するものが最大の勢力をもつことになる。

そういう種類の存在を中国では
英雄
という。

食わせる
という能力を喪失した王朝については、天が命をあらためてしまう。

他の食わせる者に対して新たな命をくだすのである。

小説「項羽と劉邦」の中での
英雄
の定義である。

こういった観点では、日本においては飢饉が合っても
大量の流民が全土に渦を巻いて発生するという現象がかつて起こったことがないため
そういう意味での英雄は存在しない。

日本は、独裁者を生まない。
たとえ生まれようとしても、その途中で滅びてしまう(織田信長のように)
と言われるのは、日本がもつ

特有の平等意識

だけが原因ではないのかもしれない。

日本歴史においては、江戸時代を除いては
支配層と被支配層

という固定した階級は存在せず、常に対流を続けてきた。

日本人のもつ、どうにもならない特性は
時流に対する過敏さ

であり、それが時流だと感じると、
なにが正義か、なにが美しいか

などの思考は停止し、

ひとのゆく方向へなりふりかまわずに駆け出していくものだ、
と司馬先生は言われる。

源平争乱のときもそうだったし、関が原のばあいもそうであった。

徳川家康は、たった一日の戦いで天下を得た。
関が原盆地で勝利を得るや、翌日、西への進発を命じた。

石田三成の佐和山城をおとし、京へ入り、大阪へ向かうためである。

関が原盆地を出るとき、どの大名の軍勢も開戦前よりふくらんでいた。

奇妙におもった家康の側近がしらべてみると、
さっきまで敵だった連中が、勝利側の友人知己縁者をたよって

その軍勢にまぎれこんでいたのであった。

側近がそれを家康に報告すると、家康は

「それでいいのだ。かまわず置け」

といった。
この国で天下をとるほどの人間は、そういう機微を知りぬいていなければならないようである。







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