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zoom RSS まず猿真似から

<<   作成日時 : 2008/09/07 06:41   >>

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           (明石海峡にしずむ夕陽です。)


これまで、日本は

模倣は上手であるが、創造は苦手である。
と言われてきた。

模倣を排して創造を目指せ

この発想の延長線上に
詰め込み教育はよろしくない。
創造力を育てるために、もっとゆとりを。

という教育方針が支持された。

その結果が最近徐々に現れつつある。

物理学者のファインマンは
「科学的創造性とは、拘束衣を着た創造力である。」
と言ったそうである。

発想は、すでにあるアイディアの組み換えで生じる。
科学上の発見は、
創造的剽窃行為である。

芸術の分野でも同じで
あのモーツァルトの創造過程においても

出発点は完全な模倣であったといわれる。
(これは、映画「アマデウス」のなかで余興として、モーツァルトが
バッハやハイドン風に演奏するシーンが盛り込まれている。)

従って、知識が多い人ほど新しい組み合わせを見出す可能性が高い。

データを頭に詰め込む作業(詰め込みの勉強)がまず必要である。

創造を生むのに必要なのは

最後の一歩

である。

野口悠紀夫先生の著書「超発想法」の中での主張である。

私は全く同感である。
勉強のないところから生まれるのは
独善的なドグマでしかない。

話は、変わるが
日本の近代は
欧米の猿真似から始まった。

これは、事実である。

しかし、日本のすごかったところは
ことばをつくることからはじめたのである。

自然科学、人文科学、法制、あらゆる技術の分野において
ヨーロッパ語を日本語に置きかえる、という作業が行われた。

主として概念においてのコトバである。
たとえば「宗教」や「義務」といったことば

何万ということばが、明治維新から二十年間ほどのあいだでできあった。

「日本人はへんだな、ほとんど英語が通じないじゃないか。」
と、もと英国の植民地だったアフリカのある国の大臣が東京にやってきて、

日本に果たして知識人がいるのか、

といったふうな疑問とともにつぶやいたという。

信じがたいことのほどであるが、

日本においては明治の転換期から
小学校の教科書も中学の教科書も
物理学の本も機械学の本も、日本語で書かれていたのである。

(この点は、現在の各学界や教育関係者の方には認識してもらいたいと思っている。)

日本における猿真似は、

それをせねば欧米の植民地になる。
という深刻な危機感からやむをえぬものであった。

明治になり、江戸時代の大商人のほとんどは壊滅し
金納制により農民は大打撃を受け、武士はその身分を失った。

国家をヨーロッパ型に転換することは、
自分で自分の内臓の移植手術をするというほどの苦痛と無理が伴ったのである。

ともあれ、ヨーロッパが
ギリシャ・ローマ以来二千年以上かかって
つくりあげた文明を

明治の日本人は、十年か二十年、
せいぜい四十年程度で日本に移植しようとした。

たとえ猿真似であっても、大変な営みで
世界史がすこしは感心してくれてもいいと思うのであるが。。

と司馬先生もロンドン大学での講演で述べている。

最近は
日本は模倣だけが上手

という論調が聞かれなくなったような気がするのだが

どうであろうか。





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