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zoom RSS この世の値段

<<   作成日時 : 2008/10/11 07:23   >>

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  (舞子公園からみた明石大橋です。)

最近、メタボリックシンドローム健診が法律化され
テレビなどでも生活習慣病についての番組が多くなった。

テレビ局の啓蒙活動の一環のためか
ある糖尿病とその合併症を患ったタレントの病歴の紹介
をした番組を見た。

網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性壊死
この人は、片足のひざから下を切断、人工透析をうけている。

合併症発病までの美味飽食。
その後は最小限のカロリー摂取しかできない質素な食生活。

もともと人類が生き残るために必要だった
脂肪蓄積のシステムが必要以上のカロリー摂取により
人の生命を脅かすようになる。

自然のメカニズムは、よくできているというか
神の意思
というものが、やはりあるのかと思ったりする。

こんなことから、ふと

この世の値段
とは、どのくらいなのか
と考えたりした。

小説「世に棲む日々」の中で
長州の高杉晋作が、国許の狂信的攘夷派に命を狙われ
逃避行をしているさなかに

「どうせ捨てても拾っても浮世などたかの知れたもの」
という場面がある。

「浮世の値段はいくらだと思う。」
彼は、愛人のおうのに問うのである。

晋作の言う浮世の値段とは
美人であれ不美人であれ
英雄であれ凡骨であれ
ひとなみに人生とはいったいどれほどの値段か、ということであった。

生きていることの楽しみはたしかに多い。
しかし、その裏側の苦しみもそれとほぼ同量多いであろう。

その楽と苦を差し引き勘定すればいくら残るか、
というのが、晋作のいう浮世の値段なのである。

(まあ、三銭か)
と彼は思う。

それ以上ではあるまいと、
29歳でこの世を去った彼の師である吉田松陰よりさらに短命であった
この若者は思うのである。

かれは歴史のはじまりは神武帝だとおもっている。
それ以来二千年、
何億の人間がこの世にでてきたが
かれらはことごとく死に、何億の煙を作って消え
愚者も英雄もともに白骨になった。。

まったくのところ
浮世の値段はせいぜい三銭か、

とおもう。

神武に起こってより二千年
億万心魂 散って煙となる
愚者英雄 ともに白骨
まことなるかな 浮世の値三銭

高杉晋作が作ったという詩句である。

たった三銭かもしれないが
どんな人生であっても生きていくことは
少なくとも三銭の得なのである。

このバランスが全くのところ人智を超えた
何かの意思のように思える。

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