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<<   作成日時 : 2008/11/08 12:14   >>

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昔、幼い頃は

織田がつき、羽柴がこねる天下餅 座りしままに食うが徳川

という意味の川柳を聞いて、徳川家康は楽々と天下を手に入れた
と思っていた時期があった。

実際の歴史を知れば、とてものこと家康が天下を楽に手に入れたなどということは
誤解であることがわかる。

天下を取った後のある日の夜、城の厠を使った後に手を拭こうと
懐から取り出した紙が、風に飛ばされて庭まで飛んでしまったことがあった。
そのとき、家康は急いで庭に降り、風に飛ばされる紙をようやくつかむと
懐に再びしまい、ほっとした表情を見せたという。

このとき、近習の者達が、その吝嗇さに声をひそめて嗤っている様子を見て
家康は、憤慨したように

「そちらには不本意かもしれぬが、わしはこれで天下をとったのだ。」

と言ったという。

「人生は、重き荷物を背負って坂道を登るが如し」
家康の人生は、常人ではとても耐えかねるほどの苦労の連続であった。

坂口安吾の小説に

二流の人
という作品がある。

これは、秀吉の側近だった黒田官兵衛のことである。

この小説においては、
一流か二流かは
自分の運命に命をかけられたかどうか

で測られるとされている。

関が原の戦いの時点で、官兵衛は隠居し
黒田如水と名乗り、九州にいた。

彼は、ほんの少しの手持ちの兵から始めて
約一ヶ月でほぼ九州全土を制圧した。

その勢力をもって、関が原の勝者と対決しようとしたと考えられている。

もし、関が原の戦いが一ヶ月続けば、である。

しかし、戦いはほんの一日で終了し
官兵衛は制圧した九州をそのまま家康に献上した。

黒田官兵衛という人は、秀吉も恐れた才能の持ち主だったようで
秀吉が天下を統一した後には、その功績の割には少しの領地しか与えなかった。

あまり大きい領地を与えると、その勢力で天下を取る可能性をあると
秀吉が考えたためと言われる。

官兵衛にとって最初で最後であったこの時に全てを賭けなかったということが
坂口安吾が彼を
二流の人
とした理由である。

官兵衛には自分の命について深刻に考なければならない時期があった。

まだ、織田信長が存命で荒木村重が謀反を起こしたときである。
官兵衛の主人である小寺藤兵衛の命で村重の説得に摂津伊丹の有岡城を訪ねた。

この時期は、織田家と毛利家が拮抗している時期で、小寺方は毛利家に寝返ろうとしていた。

藤兵衛は、村重に
自分の家臣である黒田官兵衛を殺してくれ

と頼んだのである。

村重は、さすがに殺さなかったが
官兵衛は実に1年以上陽のあたらない牢に閉じ込められたのである。

信長軍により城が陥落し、官兵衛が解放されたとき

(これが、人か)
と織田軍の将であった織田信澄が思ったほど悲惨な状態にあった。

この牢獄での生活により髪は抜け落ち、官兵衛は足が萎え、
その後も普通に歩けなくなった。

官兵衛は、秀吉と同じく人の心の機微がわかる人間であった。
(俺ほど智者は播州にもおるまい)
とひそかに驕っていたのだが

(智恵誇りの者がたどりつくのはたいていこういうところだ)
湿気ている狭く暗い牢の中で思うようになる。

まさか自分の主人が
-官兵衛を殺してくれ
と荒木村重に言い送ってくるなど、思慮の中にまったく浮かんでいなかった。
官兵衛ほどに人間の善悪や心理の機微の洞察に長じた者でさえ、
人間というものがそれほどの悪をするものとは、思ってもいなかったのである。

-人間の智恵などたかが知れている。

錯綜した敵味方の物理的状勢や心理状況を考え続けて、
ついに一点の結論を見出すには、水のように澄明な心事を
つねにもっていなければならない。

とらわれることは物の判断にとって最悪のことであり、
さらにとらわれることの最大のものは
私念
といっていい。

このとき鮮明になった彼の姿勢が、栄達への野心を希薄にした。

関が原の戦いにおいて、いとも簡単に自分の野心を放棄したのは
このことがあったからなのかもしれない。

私には、彼は
一流のひと
に見える。

ちなみに、官兵衛が荒木村重に囚われ、戻らなかったとき
織田信長は官兵衛が裏切ったと判断した。

このため、信長は、人質であった黒田家の嫡子である
松寿丸(後の長政)
を殺すように秀吉に命じた。

その命に背いて、松寿丸をかくまったのが
秀吉のもう1人の軍師、竹中半兵衛である。

官兵衛と同じような才能を持っていた半兵衛には
官兵衛が裏切っていないことがわかったのである。

竹中半兵衛は、黒田官兵衛が解放される5ヶ月前に病死していた。
35歳の若さであった。

解放後、療養先の有馬の湯でこのことを聞いたとき
官兵衛はにわかに腰を折り、顔を腹へ掻い込むように垂れて、激しく泣いた。





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