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<<   作成日時 : 2008/12/20 11:25   >>

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今年の大河ドラマ「篤姫」にも登場した
幕末から明治にかけて活躍した

西郷隆盛

という人の名前は、実は間違っているという事実を
知っている人も多いかもしれない。

西郷隆盛というのは西郷の父親である吉兵衛の名乗りで

吉之助の名乗りは
西郷隆永(たかなが)

である。
これは、維新後に名前を届けなければならなかったとき
たまたま西郷が東京にいなかったため西郷の側近であった
薩摩藩出身の吉井友実が、
「たしか、隆の字がつく」
(西郷家の家系では代々隆の字がついている。)
ということで
「隆盛じゃった」
と間違えて届けてしまったためであった。

西郷の弟で、後の元帥、海軍大将、侯爵となる
西郷従道
も実際の名前は

西郷隆道
である。
聞き取りに役人に
「ジュウドウじゃ」
といったことが原因だそうである。
(本当は「リュウドウ」と言ったのだが、薩摩なまりでこうなった)
ということで従道と書いて届け出てしまったらしい。

明治3年に百姓町人階級も姓をつけよ
という太政官令が出た。
(江戸時代は、彼らに法制上の姓はなかった。
 歌舞伎役者や絵師などの姓は私称である。)

藤原

という姓がむらがり出たのは明治後である。

日本の姓のモトの姓は、いわゆる

源平藤橘
であると言われている。
藤原は公卿の名前であるが、それ以前は名乗る人は
ほとんどいなかったといわれている。

藤原姓がやたらと出たのは明治の創姓ブームの産物である。

女性の名で、

とつくのは、はじめは宮廷や公卿の風であった。
平家物語に出てくる健礼門院は、

平ノ徳子
書くときは徳子とかくが、平素は子をはずしてよばれていた
と考えられている。

「子」は、
かるい尊称もしくはそれに似たものであった。

源頼朝の妻は
お政というが、文書に書かれるときは

政子
である。

この貴族の習慣が、明治後一般化されて女性の名に

がつくという流行を生んだんだが、最近はあまり流行らないらしい。

これは、司馬先生がかかれたエッセイ「話のくずかご」にのっていた
話である。

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