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<<   作成日時 : 2009/10/20 05:22   >>

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よく知られるように司馬遼太郎という人は作品を作るにあたって

歴史的な資料の収集や調査といった地道な作業を
人任せにすることはなかった。

そういった作業を人任せにすることは
まんじゅうの「あんこ」の部分を人に
取られるようなものだ

とどこかで述べていたのを覚えている。

司馬遼太郎が作品にとりかかると
神田の古本屋からそれに関係する本がすべてなくなる

というのが伝説になっているのだが

その膨大な資料の調査はすべてはひとりでやっていたのである。
(この作業量は、大学の研究所の調査量に匹敵するとも言われた)

そんな作業のなかで書斎でものを調べていると、
いろいろな歴史上の人物に遭遇するはずである。

ただし、主役やわき役でもなく、舞台の上手から下手へ
すっと一度だけ通り過ぎてしまうだけの人物だったりする。

この話は、かつて学校の国語の教科書にも掲載された文章であるが

そういった司馬先生の書斎に居住しているひとやかな友人のひとりに

所郁太郎
という人がいる。

この人は、歴史の舞台にただ一度だけ、
それもほんの一瞬登場する。

時代は幕末である。
所は、山口の郊外である。

この当時、長州藩は討幕派の高杉晋作などと保守派が
激しく対立していた。

高杉らのグループに
井上聞多
という人物がいる。

元治元年九月二十五日の夜に
山口の政事堂で藩の会議があり、聞多はそれに出席した。

その帰路、数人の凶刃に襲われ、さんざんに切られ、
瀕死の重傷を負ったのである。

従僕の知らせで、家に担ぎ込んで医者をよんだが
「とても」

と兄の五郎三郎に向かってかぶりを振った。

十三箇所に大小の傷を受けており、とても助からない
という意味であった。

聞多はしきりと
介錯してくれ、
という仕草をしたという。

この騒ぎの中、偶然ながらこの家に入ってきた人物がいる。

所郁太郎
である。

彼は、友人である井上の耳元に口をつけて励まし、
畳針で約4時間をかけ、五十幾針を塗ってようやく治療を終えた。

井上聞多は奇跡的に助かり、再び歴史の舞台へ出て行く。

しかし、助けた方の所郁太郎は、その翌年の二月にチフスにかかり、
三月十二日、故郷でもない長州で病没、歴史の中で無名のまま消えた。

「どういう青年だったのか」
司馬先生は、この井上聞多の遭難のことを調べて以来、
心のすみにわだかまり続けていたという。

ある時、山口県の明治初年の記録を調べていると、その記録に

「美濃 所某」
とあって、数行の文章が出ていることを発見する。
それによると、沈着な性格で、ことばづかいは穏やかであり
第一流の人物という印象があったと、短いながらも紹介されている。

さらにその後、大阪の蘭学医緒方洪庵のことを調べていた時、
思いがけなく所郁太郎の名前を発見するのである。

緒方洪庵の塾は適塾といい、多くの人材を輩出している。
その塾生名簿ともいうべき入門長の611人の名前の中に

万延元年八月十五日入門
濃州赤坂駅 所郁太郎

と、郁太郎自身が書いたらしい筆跡で
ありありとその名前が出ていたのである。

司馬先生は
(きみは、こんなところにもいたのか)
と、この入門帳を見た時、息を忘れるほどの感動を覚えたという。

その後、司馬先生はかれのことを調べるともなしに調べていくうち
彼の生い立ちや適塾で学んだことや、志士として長州にいた経緯を
知る。

所郁太郎の生涯はわずか二十七年であり、
適塾ではよほどの秀才であったらしいが
志士としてはまったく無名で、記録にとどめられる功績はなにもなかった。

しかし、彼の師の緒方洪庵という人は医者の道を説くことの
やかましかった人で

「医者というのは、人を救うために人の世で生きているもので
 自分のために生きているのではない」
と言っていたから、そのよき弟子であった所郁太郎も、
たとえ志中途で死んだとはいえ、ひとりの人間をその死の寸前から
救ったことだけで、自分の短い人生にじゅうぶん意義があったと
思っているかもしれない。

所郁太郎には、一葉の写真が残っているそうで
旅の武士姿で、笠を持ち、草の上にひざをついている。

その秀麗な横顔を見ていると、なにやら、そんな意味のことを
いまにもつぶやきそうに思われてくる、
と司馬先生は述べられている。

私は、将来、今の仕事が終わったら郷土史の研究をやりたいと思っている。
一度でもいいから、こんな感動を味わってみたいからである。






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