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zoom RSS 高杉晋作の機略

<<   作成日時 : 2010/08/14 10:46   >>

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日本が幕末から明治になり
国を受け取った薩長の指導者達は
驚いたにちがいない。

日本は、欧米諸国に対しておそるべき欠陥だらけの
条約を結んでおり、じつは日本は半独立国であるという
おもわぬ正体を知ったからである。

鹿鳴館などの明治政府のなりふりかまわぬ欧化政策は
ひとえにこの条約改正のためだったのである。

ただ、条約を結んだ幕府は条約を結んだ後

「あれらの条約のことどもは、なかったことにしてもらえまいか」
という意味のことを言いにふしぎな使節団(むろん正規の)を
ヨーロッパに送っている。

国内では、いろいろともめたが一橋慶喜の意向で
結局出すことになった。

あわただしく大使にえらばれたのは
池田修理という二十六歳の幕臣だった。

千二百石という大身の家にうまれ、
眉目秀麗で名だたる秀才であったという。

かれらは出航にあたって横浜でフランスの公使などと会い
使命について話した。

公使らはおどろいたものの、制止するわけにもいかず、
かといってこんな会談を本国に受けさせるのも奇妙であると思い

「表むき、謝罪使ということにしてはどうでしょう」
と提案した。

当時、外国人殺傷事件が相次いでいたからである。

かれらは、フランス公使の提案に点頭しなければ渡仏できない。

ただ、渡仏するだけが目的になった。
というよりも、お詫びの使節になってしまったのである。

横浜からは、フランス軍艦で行った。

パリでは、ナポレオン三世が池田らを大いに歓待した。
その後、手練れの外務大臣に折衝させた。

日本人たちにっとって、仏国外相はあたかも詐欺の名人で
あったようで、日本側が気がついたときには、条約廃止どころか
あらたな条約をむすばされていた。

その新条約は圧倒的にフランスに有利で、日本はただ搾り取られるだけ
というものであった。

さすがの幕府ものちに、フランスに抗議して廃約にした。

外交史上、「巴里の廃約」といわるものである。

池田は、各国をまわる命令を独断でやめ、帰国した。
横浜に上陸したときは、池田はすでに責任にたえかねて
錯乱していたとのことで、幕府はすぐさまかれを免職,減知に処した。

幕府外交の犠牲者といっていい。

一方、幕末期に際だった外交手腕を発揮した人物がいる。

長州の高杉晋作である。

長州は文久3年馬関海峡において米仏商船に砲撃を加えた。
いわゆる攘夷の魁となった。が、その次の年に英米仏蘭の
17隻におよぶ4カ国艦隊により敗北。砲台は占拠された。

この講和の談判を担当したのが高杉晋作、伊藤俊輔、井上聞多らだった。

交渉の最後に英国側は、下関港の西にある
彦島
の租借の要求を出してきたのである。

高杉は上海に密航したことがあり、
租借地
の意味をよく理解していた。

この時の高杉の様子を司馬先生はこう描写している。

租借の要求のあと、高杉は口を開いた

「そもそも日本国なるは」

「高天ヶ原よりはじまる。はじめ国常立命ましまし、
 つづいて伊弉諾・伊弉冉なる二柱の神現れまして
 天浮橋にたせ給い、天沼矛をもって海をさぐられ、
 その矛のさきからしたたるしずくが島々になった。・・・」

高杉は、古事記の講釈を始めたのである。
(だから、日本の土地は一寸もやれぬ。)
こう言いたかったのだが、口に出せば談判は壊れる。

天照皇大神の代になり、天孫瓊瓊杵尊へ神勅をくだしてのたまわく、
と説き、その神勅を披露し、高杉の舌はとどまるところがない。

長州側も四カ国側も、ぼう然としている。

この通訳不能な高杉の講釈は延々と続き、
彦島租借の件は、うやむやに消えた。

同席していた伊藤俊輔が、高杉の高い政治能力に
気づいたのは、遥か後のことだったという。

明治四十二年七月に伊藤博文となったかれは、
汽船「満州丸」で下関を通過したとき、彦島を見ながら

「あのとき高杉がうやむやにしてしまわかったなら、
 この彦島は香港になり、下関は九竜島になっていたであろう。
 おもえば高杉というのは奇妙な男であった。」
と往時を懐旧したという。

外交には、これほどの機略が必要である。

今の政治家諸氏に、できるだろうか。


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