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zoom RSS 1000年の後に

<<   作成日時 : 2011/04/17 17:53   >>

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人間は、自然の力の前には無力である。

というのは真実だろう。
だが、自然を知ることはできるかもしれない。

いまだ収束も復興の道筋もみえない東日本大震災から
1ヶ月以上がたった。

今回の大地震と津波、それによってなぎ倒された原子力発電所の安全。

敗北や無力感を感じた科学者や技術者は何人いただろう。

フリードリッヒ・ニーチェは、

「神もなく、救いも憩いもないむき出しの物質宇宙の中に
ただ一人、まもるものもない赤裸の姿で誕生し
素手でもってそのあらあらしい、虚無そのものである
ゴツゴツした物質世界に挑まなければならない
超人」
の姿を予見してみせたが

結局のところ、現代人の自然界の立ち位置も同じであろう。

物質世界である自然の脅威、疫病や飢餓、天変地異に対して
人類を防衛する最前線の兵士は、科学者や技術者のはずである。

今回起こった地震と津波の災禍を防げなかったことは、
少なくとも日本において科学技術に関係する人々の
自信と慢心を少なからず打ち砕いたはずである。

私は、地震学の専門家ではないが、
今回の地震動と津波の大きさを予測することは
政府が公開している議事録などを見る限り
約1000年前に起きたことと酷似しており、

「人智が及ばなかった」
とは言えないのではないか。

現実に、東北のある町の防波堤は、今回の津波を防ぎきったと
聞いている。
防災対策というものは、「できるか、やらないか」しかなく
その中間は存在しない。
(高さ14m津波の可能性に対して、5mの防波堤の設置は意味をなさない。)

1000年という時間は、人の記憶をとどめていくには
長すぎる時間かもしれない。

しかし、次の1000年の後には
きっと同じ災害は起きないに違いない。











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