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zoom RSS 黒田如水のこと 臣ハソレ中才ノミ

<<   作成日時 : 2014/03/23 09:05   >>

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黒田官兵衛(如水)の話である。

豊臣秀吉の後継者だったたため関白にまで上り詰めた
豊臣秀次という人がいる。

この人は数々の非道な所業を行ったとされたことから
後世の評判は最悪で

殺生関白
などと呼ばれた。

それでも、秀次はにわかながらも公家の教養を身につける
努力をしたり、学者や文人をそのまわりに集めたりした。

侍のなかでは、特に黒田如水と蒲生氏郷に対し
格別な敬意をはらった。

あるとき秀次は
「如水軒よ」
と言い、あなたは機略および器量、太閤殿下をしのぐと
世間ではいわれている。

ご自分では如何、自評せよ、といった。

如水は軽く笑って、

臣ハソレ中才ノミ。

という意味のことをいった。

秀次はかさねてその意味を問うた。

如水は、自分がもし上才なら何も太閤に仕えておりませんでしょう、
すでに天下をとっています。

かといって下才でもなさそうであることは、このように
真似ごとながらも諸侯に列していることでもわかります。

要するに中才でありましょうな、
とひとごとのようにいった。

かれは年少のころから物質の姿や本質を認識することが
好きであった。
さらにはその物事の原因とするところと、将来どうなるかを
探究したり予想したりすることに無上のよろこびをもっていた。

認識と探究と予想の敵は、我執である。

如水がうまれつきそれに乏しかったことで
かれは右の能力において明敏さを発揮したが

同時に我執が乏しいたために自分をせりあげることを怠った。
中才である。

如水があたかも他人を観察するように言いつくしたのは
さまざまな意味をふくめていかにもこの人らしい。


播磨灘物語で描かれている黒田官兵衛についての
人物評をひとつである。






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